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第10話:特別な女性

「その女性は、今どうなっているのだ?」
フェイスが訊く。
「えっ…」
「この船の人々が皆眠っていても、この船はこうして動いている。
その女性はどうしているんだ?」
シャルトはフェイスの顔を見、また柱に視線を戻した。
「彼女も、眠っています。
精神力を使い果たし…彼女は病に倒れました。
そしてこの船は永い眠りにつくことになったのです」
「…寝てる人間がこの船の操縦を?」
今度はカイザーが訊いた。
「いいえ、この船は操縦されていません。ただ、停まっています。
最低限の機能を維持するため、
彼女だけはマシンに繋がれたまま眠り…そう、今も蝕まれています」
「………その女の代わりになれるやつはいなかったのか?」
「代われるものなら私が代わりたいくらいですよ。
彼女は…サラは眠った状態でもこの船に偽装シールドを張り、
コールドスリープ装置に必要な電力を供給できるだけの精神力を持っています。
ここに墜落してきたのなら、あなた達も見たでしょう?
外側からは、この船は星にしか見えないのです。
そんなことが出来る人は、他にいませんでした…。
我々に出来ることは、彼女の負担が減るよう大人しく、ただ眠ることだけ…」
カイザーは眉をひそめた。

ただひとりに全てを押しつけて逃げだし
ただひとりに負担を掛けて生き延びる人々。
だが彼がその不満を口にすることはなかった。
他にやりようがなかったであろうことも、彼は理解できたから。

 「…今のあんたの話だと、おかしいじゃないか。
なんであんたは目を醒ましたんだ?」
カイザーは柱をまじまじと見つめている。
「わかりません…誤作動かも知れませんし…」
「それだけじゃない。俺達はここに“墜落”した。
俺達の船は半壊したが俺達はこの通り無事だ。
それも、この船のシステムと関係あるのか?」
シャルトは、小さく笑う。
「…それは彼女の…サラの意志でしょう。
彼女はスイーズ星の人々を想うが故に犠牲になった。
でもきっと彼女は、それ以外の人間だって想うはずです。
私達が故郷を捨ててまで逃げた理由が、他者を傷つけない為だったのですから。
眠っていても、落ちてくるあなた達を守ったんですよ。
この船の疑似重力を調整して…ね」
フェイスは腕を組んだ。
「……本当に…その女性は眠っているのか?」
「フェイス、どういうことニャ?」
ミーナは首を傾げる。
「現にお前は理由は不明だが目覚めている。
その女性だって目覚めているのではないか?
疑似重力を調整したりシールドを復元したり…
そのような器用なことを眠った人間が行ったとは思えない」
「…………!」
シャルトはフェイスの顔を見つめた。
考えもしなかった…そういう表情で。
「彼女は特別ですよ」
「…特別だと……!……ッ、いや、いい」
カイザーはさらに不機嫌になった。
「この部屋には誰も入れないのか?」
フェイスに訊かれると、シャルトは首を横に振った。
「いえ、研究者専用のパスワードを使えば誰でも出入りできます」
「入ってみるのはどうだ」
本当に眠っていたら、そっとしておけばいい。
だがもし目覚めているのなら、放っておくのは残酷というものだ。
「構いませんが…多分、かなり寒いですよ」
シャルトは柱の前に立ち、手を触れる。
すると文字や数字が表示された映像が現れた。
彼は迷うことなく、パスコードを入力していく…。
入力が終わると柱の一部が横にスライドし、中に入れるようになった。
シャルトは寒いと言っていたが、そうでもない。
コントロール・ルームの室温は、むしろ外の部屋より暖かいくらいだ。
部屋の壁はモニタで埋め尽くされ、人の手の届く高さには
見たこともない機材からお馴染みのパソコンまで様々な機械が置いてある。
そして中心部には…首、手首、足首を冷たい機械に繋がれたまま、
目を閉じ大きなソファに座っているひとりの美しい女性がいた。
第10話:特別な女性_f0062753_1717544.jpg
挿絵:杏仁とうふ様

  by bluecastle2 | 2006-02-06 05:59 | 凍てついた船【退治屋】

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